ロイヤル・バレエ『ロミオとジュリエット』完全ガイド|マクミラン版の魅力と観劇ポイントを徹底解説

はじめに|バレエ『ロミオとジュリエット』の永遠の魅力

シェイクスピアの不朽の名作『ロミオとジュリエット』は、バレエ作品としても世界中で愛され続けています。中でも、英国ロイヤル・バレエのケネス・マクミラン版は、1965年の初演以来、最も上演回数が多く、最も愛されているバージョンとして知られています。

プロコフィエフの壮大な音楽、マクミランの革新的な振付、そして普遍的な愛の物語が融合したこの作品は、バレエ史上最も重要な作品の一つとして位置づけられています。本記事では、マクミラン版『ロミオとジュリエット』の魅力を、あらすじ、音楽、振付、見どころ、そして観劇方法まで、徹底的に解説していきます。

作品の歴史|マクミラン版誕生の背景

シェイクスピアからバレエへ

ウィリアム・シェイクスピアの戯曲『ロミオとジュリエット』(1595年頃)は、イタリア・ヴェローナを舞台に、敵対する二つの家族の若者たちの悲恋を描いた作品です。この普遍的な愛の物語は、400年以上にわたって世界中で上演され、様々な芸術形式に翻案されてきました。

バレエ化の歴史は古く、19世紀にはすでにいくつかの版が存在していました。しかし、現在世界中で上演されているバレエ版の基礎となったのは、1935年にセルゲイ・プロコフィエフが作曲した音楽です。

プロコフィエフの音楽

プロコフィエフの『ロミオとジュリエット』組曲は、20世紀バレエ音楽の最高傑作の一つとされています。当初、ソビエト連邦のキーロフ・バレエ(現マリインスキー・バレエ)のために作曲されましたが、音楽が「踊りにくい」という理由で初演は見送られました。

結局、1938年にチェコスロバキアのブルノで世界初演され、その後1940年にレニングラード(現サンクトペテルブルク)のキーロフ劇場でレオニード・ラヴロフスキー振付による決定版が上演されました。

プロコフィエフの音楽の特徴は、登場人物の心理描写の深さと、ドラマティックな展開を音楽で見事に表現している点にあります。「モンタギュー家とキャピュレット家」「バルコニーのシーン」「ジュリエットの死」など、各場面の音楽は単独でも演奏会で取り上げられるほど完成度が高く、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団をはじめ、世界の一流オーケストラが録音を残しています。

ケネス・マクミランの革新

1965年2月9日、ロンドンのロイヤル・オペラ・ハウスで、ケネス・マクミラン振付による新版『ロミオとジュリエット』が初演されました。初演時の主役は、マーゴ・フォンテーンとルドルフ・ヌレエフという、バレエ史上最も有名なパートナーシップでした。

マクミラン版の革新性は、以下の点にあります:

  1. 心理的リアリズムの追求 – 古典バレエの形式美だけでなく、登場人物の内面を振付で表現
  2. 群衆シーンの演劇性 – 市場や舞踏会の場面で、一人一人のキャラクターに個性を与える
  3. パ・ド・ドゥの革新 – 伝統的な技法を使いながら、より情熱的で人間的な表現を追求
  4. 悲劇性の強調 – 最後の場面の振付は、観客に深い感動と衝撃を与える

あらすじ完全解説|3幕9場の構成

プロローグ

舞台はルネサンス期のイタリア、ヴェローナ。モンタギュー家とキャピュレット家の対立が街全体を巻き込んでいます。市場での両家の若者たちの小競り合いから物語は始まります。

第1幕

第1場:市場 ヴェローナの市場は活気に満ちています。ロミオは友人のベンヴォーリオ、マキューシオと共に現れます。ロミオはロザラインへの片思いに悩んでいます。両家の若者たちの争いが起こり、ヴェローナ大公が仲裁に入ります。

第2場:ジュリエットの部屋 14歳のジュリエットが、乳母と戯れています。母親のキャピュレット夫人が、パリス伯爵との結婚の話を持ちかけます。まだ結婚に興味のないジュリエットですが、舞踏会でパリスに会うことを承諾します。

第3場:キャピュレット家の門前 ロミオ、マキューシオ、ベンヴォーリオが仮面をつけて、キャピュレット家の舞踏会に忍び込もうとしています。

第4場:舞踏会 豪華な舞踏会が繰り広げられています。ジュリエットは初めて社交界にデビューし、パリス伯爵と踊ります。ロミオはジュリエットを見て一目で恋に落ち、二人は運命的な出会いを果たします。有名な「騎士の踊り」の場面で、重厚な音楽と共に宿命が動き出します。

第5場:バルコニーのシーン バレエ史上最も美しいパ・ド・ドゥの一つです。月光の下、ロミオとジュリエットは永遠の愛を誓い合います。マクミランの振付は、若い恋人たちの純粋な愛と情熱を、リフトや回転を使って詩的に表現しています。

第2幕

第1場:市場(朝) 祝祭の朝、市場は賑わっています。ロミオは幸せに満ちており、ジュリエットからの手紙を乳母から受け取ります。

第2場:礼拝堂 ロレンス神父の立会いのもと、ロミオとジュリエットは秘密裏に結婚式を挙げます。神父は二人の結婚が両家の和解につながることを期待しています。

第3場:市場(昼) 暑い昼下がり、ティボルトがロミオに決闘を申し込みます。ロミオは今や親戚となったティボルトとの戦いを拒みますが、マキューシオが代わりに戦い、ティボルトに刺されて死んでしまいます。怒りに燃えたロミオはティボルトを殺し、ヴェローナから追放されることになります。

第3幕

第1場:ジュリエットの寝室 新婚の夜が明けようとしています。ロミオとジュリエットの別れのパ・ド・ドゥは、喜びと悲しみが入り混じった複雑な感情を表現しています。両親がパリス伯爵との結婚を強要すると、ジュリエットは絶望します。

第2場:礼拝堂 ロレンス神父は、仮死状態になる薬をジュリエットに渡します。計画では、ジュリエットが死んだと思わせて、後でロミオと逃げることになっています。

第3場:ジュリエットの寝室 ジュリエットは薬を飲み、翌朝、死んだと思われます。家族は悲嘆に暮れます。

第4場:墓場 マントヴァに追放されていたロミオは、ジュリエットの死の知らせを受け、毒薬を手に入れて墓場へ急ぎます。パリス伯爵と戦った後、ジュリエットの亡骸を前に毒を飲みます。目覚めたジュリエットは、ロミオの死を知り、短剣で自害します。

音楽の魅力|プロコフィエフの傑作スコア

主要な音楽テーマ

プロコフィエフの音楽は、ライトモティーフ(特定の人物や概念を表す音楽的主題)を効果的に使用しています:

  • ロミオのテーマ – 叙情的で夢見るような旋律
  • ジュリエットのテーマ – 軽やかで純粋な音楽
  • 愛のテーマ – 二人が出会った時に流れる情熱的な音楽
  • 運命のテーマ – 重く不吉な和音で両家の対立を表現

名場面の音楽

「モンタギュー家とキャピュレット家」(第1幕第4場) 通称「騎士の踊り」として知られるこの曲は、重厚で威圧的な音楽です。ロンドン交響楽団の録音が特に有名で、CMや映画でも頻繁に使用されています。

「バルコニーのシーン」(第1幕第5場) ヴァイオリンとチェロが奏でる美しい愛のテーマは、二人の純粋な愛を表現しています。この音楽は、単独でも演奏会のアンコールピースとして人気があります。

「ジュリエットの死」(第3幕第4場) 悲劇的な最後の場面の音楽は、聴く者の心を深く揺さぶります。弦楽器の悲痛な響きが、若い恋人たちの運命を音楽で描き出しています。

おすすめの録音

ロイヤル・バレエの伝統と現在

歴代の名演

ロイヤル・バレエでは、初演以来、数多くの名ダンサーがロミオとジュリエットを演じてきました:

1960-70年代

  • マーゴ・フォンテーン&ルドルフ・ヌレエフ
  • アントワネット・シブレー&アンソニー・ダウエル

1980-90年代

  • アレッサンドラ・フェリ&ウェイン・イーグリング
  • ダーシー・バッセル&ジョナサン・コープ

2000年代以降

  • タマラ・ロホ&カルロス・アコスタ
  • マリアネラ・ヌニェス&ティアゴ・ソアレス
  • フランチェスカ・ヘイワード&レース・キャンベル

現在の上演情報

英国ロイヤル・バレエ公式サイトで最新の公演スケジュールを確認できます。通常、シーズンに1-2回の上演があり、クリスマスシーズンや春に上演されることが多いです。

ライブビューイング(映画館での生中継)も定期的に行われており、ROH Cinemaで世界中の映画館で観ることができます。日本では松竹が配給しています。

振付の見どころ|マクミラン版の特徴

革新的なパ・ド・ドゥ

マクミラン版の最大の特徴は、感情表現を重視したパ・ド・ドゥです:

バルコニーのパ・ド・ドゥ

  • 地上から手を伸ばすロミオと、バルコニーから身を乗り出すジュリエット
  • 重力を感じさせない浮遊感のあるリフト
  • 回転しながらの複雑なリフトの連続

寝室のパ・ド・ドゥ

  • 別れを惜しむ二人の複雑な感情
  • 床を使った振付(当時としては革新的)
  • 抱擁と離別を繰り返す振付構成

キャラクター・ダンス

マキューシオの踊り 道化的で機知に富んだキャラクターを、アクロバティックな動きで表現。特に第2幕の死の場面は、コミカルから悲劇への転換が見事です。

ティボルトの踊り 攻撃的で威圧的な振付。鋭角的な動きと高い跳躍で、危険な人物像を表現しています。

群舞の演出

マクミラン版の群舞は、単なる背景ではなく、ドラマの一部として機能しています:

  • 市場の場面:商人、貴族、召使いなど、各人に個性的な動き
  • 舞踏会:ルネサンス期の宮廷舞踊を基にした振付
  • 葬送の場面:悲しみを様式化した動きで表現

世界の主要バレエ団の上演

アメリカン・バレエ・シアター(ABT)

ABTもマクミラン版を上演していますが、より劇的でダイナミックな解釈が特徴です。特に男性ダンサーの見せ場が強調され、決闘シーンなどがより激しく演出されています。

パリ・オペラ座バレエ

パリ・オペラ座は、ルドルフ・ヌレエフ版(1984年)を上演しています。パリ・オペラ座公式サイトで公演情報を確認できます。ヌレエフ版は、より複雑な男性の振付と、フロイト的な心理描写が特徴です。

ボリショイ・バレエ

モスクワのボリショイ劇場では、グリゴローヴィチ版(1979年)が上演されています。ソビエト・バレエの伝統を受け継ぐ、より叙事詩的で壮大な演出が特徴です。

シュツットガルト・バレエ

ジョン・クランコ版(1962年)は、マクミラン版と並ぶ名作として知られています。シュツットガルト・バレエの公演は、より抒情的で室内楽的な親密さが特徴です。

観劇ガイド|初心者から上級者まで

初心者のための準備

  1. ストーリーの予習 シェイクスピアの原作を読むか、映画版(1968年フランコ・ゼフィレッリ監督)を観ておくと理解が深まります。
  2. 音楽に親しむ YouTubeで「Romeo and Juliet Prokofiev」と検索すると、様々な録音が聴けます。特に主要なテーマを覚えておくと、舞台がより楽しめます。
  3. パンフレットの活用 劇場で販売されるパンフレットには、詳細なあらすじと見どころが記載されています。

座席選択のコツ

1階席中央(ストール)

  • 最も高価だが、舞台全体が見渡せる最良の席
  • 表情や細かい演技まで見える

2階席前方(ドレスサークル)

  • コストパフォーマンスが良い
  • 群舞のフォーメーションがよく見える

3階席以上(バルコニー)

  • 手頃な価格
  • 全体の構図は見やすいが、細部は見えにくい

ドレスコード

ロイヤル・オペラ・ハウスに厳格なドレスコードはありませんが、スマートカジュアル以上の服装が一般的です。初日や特別公演では、よりフォーマルな装いの観客が多くなります。

バレエ『ロミオとジュリエット』の教育的価値

バレエ学校での位置づけ

『ロミオとジュリエット』は、プロを目指すダンサーにとって必須のレパートリーです。ロイヤル・バレエ・スクールでは、上級生が全幕公演を行うこともあります。

主な学習ポイント:

  • 演劇的表現力の習得
  • パートナーリングの技術
  • キャラクターの演じ分け
  • 古典技法と現代的表現の融合

コンクール・ヴァリエーション

国際バレエコンクールでは、以下のヴァリエーションがよく踊られます:

  • ジュリエットのヴァリエーション(第1幕)
  • ロミオのヴァリエーション(第1幕)
  • バルコニーのパ・ド・ドゥ
  • 寝室のパ・ド・ドゥ

ローザンヌ国際バレエコンクールユース・アメリカ・グランプリ(YAGP)でも、頻繁に課題曲として選ばれています。

映像作品とメディア展開

おすすめDVD/Blu-ray

  1. ロイヤル・バレエ版(2019年収録)
    • 主演:フランチェスカ・ヘイワード、ウィリアム・ブレイスウェル
    • Amazon UKで購入可能
  2. ロイヤル・バレエ版(1966年収録)
    • 主演:マーゴ・フォンテーン、ルドルフ・ヌレエフ
    • 歴史的価値の高い映像
  3. スカラ座版(2017年収録)
    • マクミラン版
    • 主演:ミスティ・コープランド、ロベルト・ボッレ

ストリーミング配信

Marquee TVでは、世界各地のバレエ団による『ロミオとジュリエット』が視聴可能です。月額制で様々なバレエ作品が楽しめます。

関連作品と比較

他の振付家による版

ジョン・ノイマイヤー版 ハンブルク・バレエの芸術監督による版は、より心理的で内省的な解釈が特徴です。

アレクセイ・ラトマンスキー版 現代的な感覚を取り入れた新しい解釈で、若い世代に人気があります。

ミュージカル版との比較

『ウエスト・サイド・ストーリー』は、『ロミオとジュリエット』を現代ニューヨークに移した作品です。バーンスタインの音楽とロビンスの振付により、別の傑作となりました。

まとめ|永遠の愛の物語を体験する

ケネス・マクミラン版『ロミオとジュリエット』は、以下の理由で必見の作品です:

  1. 普遍的な物語の力 – 時代を超えて人々の心に響く愛の物語
  2. 音楽の素晴らしさ – プロコフィエフの傑作スコア
  3. 振付の革新性 – 感情表現を重視したマクミランの振付
  4. 総合芸術としての完成度 – 音楽、振付、美術、衣装すべてが高水準

初めてバレエを観る方にも、熟練のバレエファンにも、それぞれの楽しみ方ができる作品です。若い恋人たちの純粋な愛と悲劇的な運命は、観る者すべての心に深い感動を残すことでしょう。

ぜひ劇場で、この不朽の名作を体験してください。生のオーケストラの響き、ダンサーたちの息遣い、舞台の熱気を感じながら観る『ロミオとジュリエット』は、一生の思い出となるはずです。

公演情報は英国ロイヤル・バレエ公式サイトで確認し、チケットは早めに確保することをお勧めします。この永遠の愛の物語が、あなたの心に新たな感動をもたらすことを願っています。

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